2016年11月30日水曜日

SARSのとき04〜自主隔離生活をする

この頃、逆に日本からの出張者をも戦々恐々とさせた。台湾へ出張にきた日本語学校のスタッフの方から体験談を伺った。
彼は、先に中国へ入国してから台湾へ来た。その後、再度中国に入国し日本へ帰国した。



事前に中国で原因不明の感染症が流行し始めているという情報を得ていた彼は、日本から多めにマスクを持参して中国入りした。
中国のホテルにチェックイン。ホテルスタッフは誰もマスクをしていない。現地情報を確かめようと、フロントで感染症について質問したところ、「そんな病気はありません」と一蹴された。
その彼に、同じくフロントでチェックインしていた西洋人が声をかけてきた。
感染症の流行なんて寝耳に水だったから、不安になって日本人の彼に情報確認してきたのだった。
日本での報道内容を説明し、多めに持ってきていたマスクを分けてあげた。

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中国での仕事を終え台湾に。台湾では、空港に到着した時点でSARS対策が始まっている。マスクもちゃんとしている。
台湾ではみんなが危機感を感じていて、情報開示と報道が正常になされていることに逆に安心したそうだ。
1週間程度の滞在ののち再び中国へ。最初と同じホテルにチェックインすると、果たしてホテル内の全スタッフがマスクを着用していた。

流行当初、WHO内での台湾は中国の属国としての扱いで、通達は中国に対して行われていたために、情報開示が後手にまわっていた。
台湾国内では混乱と批判の嵐だったのだが、中国国内では完全な情報規制がかけられていて、市井の人たちは何の情報も持たず、しばらくの間全く無防備な状態に置かれていた。それが、たった1週間で人づて口づてで情報が回り、競ってマスクをしだしたという次第のようだ。

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くだんの彼は日本に帰国後、自宅の自室にこもって1週間を過ごしたそう。
万が一のことを考えて、家族や同僚に感染を広げることがないよう、前もって計画して自主的に隔離生活を実行した。
彼だけじゃなく、感染地域を出張していた日本人は他にもいただろうと思うけれど。本当に真摯な人だ。
幸いなことに感染はしていなかった。日本人は一人も感染者を出さなかった。
SARSはいまだに解明されていない点が多い。


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口罩
ㄎㄡˇㄓㄠˋ


マスク。
(ちなみに「胸罩」はブラジャーのこと)







2016年11月24日木曜日

SARSのとき03〜英霊として忠烈祠に

SARSは特にこれといった決定打もなく、人から人への感染の封じ込めに成功したことで収束した。最後の感染者はどうしたのだろう。助かったと記憶しているが定かではない。



SARSが流行した頃に、小説の一編を思い出した。
星新一のショートショートだと思っていたが、いま調べて見たら新井素子の「週に一度のお食事を」だった。
以下、あらすじ。
いつのまにか吸血鬼が出現した日本。吸血鬼になっても夜型生活になって鏡に映らないくらいのデメリットしかなく、老化も止まるし食事は週一回程度の吸血でOKというメリットが上回り志願者が続出。世界的にも認知され、アメリカやその他一部の海外渡航が認められない以外は、何の制約も不自由もない生活が約束される。
吸血鬼が出現して1年、ユーラシア大陸と北アメリカ大陸以外の世界中に分布し、吸血鬼同士の吸血事故が多発するようになる。
もし吸血鬼がいなくなったら、その土地がぽっかり空いて人口増加問題も食料不足問題も一気に解消だ。そして、吸血鬼は銀の弾丸で撃たれたらチリとなって消えてしまう...
SF小説の話。だから現実にはならない。わかっているけれど、ついSARSと重ねてしまった。

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台湾人医師が日本旅行から帰国後に発症したというニュースもあった。
いよいよ日本でも流行か!?と騒がれたが、ありがたいことに日本人の感染者は1人も出なかった。
日本人と韓国人は感染者が出ないということで、日本人の手洗い・うがいの習慣がいいのでは?と言われたり、キムチが効いているのだと話題になったりした。

SARSの治療にあたって命を落とした医師・看護師の方々は、英霊として台北の忠烈祠に祀られている。
忠烈祠の衛兵交代は、大門から大殿までの距離を整列したまま移動するさまが圧巻で一見の価値ありだ。
訪問される際は、祀られている方々やSARSのことにも想いを馳せてもらえればと思う。


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韓國泡菜
ㄏㄢˊㄍㄨㄛˊㄆㄠˋㄘㄞˋ


キムチ。


2016年11月22日火曜日

SARSのとき02〜「渡航自粛」という言葉に翻弄される

当時のアルバイト先は留学センター。日本の日本語学校への留学申請のサポートをする仕事だ。SARSが流行り始めて数ヶ月後、秋の入学シーズンを迎えた。そこに日本政府からの「渡航自粛」勧告が出た。



日本語学校は春と秋に入学式を行う。海外では夏休み前に卒業式を迎えるところが多いから、それに合わせて秋入学を設定しているのだろう。
台湾も6月が卒業シーズンだ。秋入学を予定していた学生たちの受け入れで問題が起こった。

「自粛」という日本語は非常に訳しづらい。
「自主的に積極的な態度で遠慮する」ということなのだが、「遠慮」という言葉も曲者だ。
私の目には、日本政府は「自粛」という言葉を使って全ての責任を丸投げしたと映った。
学生にしてみたら、入学金も学費も振り込み済みで、就学許可証も出ているのに、行ったものか行かざるものか判断ができない状態になった。

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日本語学校にしてみてもそうだ。受け入れてあげたいのだけれど、もしものときの責任が取りきれない。
学校によっては、渡航2週間前からの体温測定を義務付けたり、日本入国後に2週間だけ隔離生活ができる場所を確保したりした。
潜伏期間が2週間と言われていたので、2週間発熱しないことが非感染者の一つの判断の目安になった。
学校側の対応もまちまちだった。なんの対策も講じない学校ももちろんあった。滞在場所の確保なんてもともと要らない支出だし、政府からなんらかの指針が打ち出されたわけでもないから、どういう対策が正解なのかもわからなかった。

学生側からこう質問されて回答に窮した。
「仕事の出張は問題なく行けるのに、なんで私たち留学生は日本入国を制限されなくちゃならないの?」
実は、日本政府は入国の制限をしていない。だから逆にタチが悪かった。
いっそ「該当地域の住人の不急の日本入国を禁ずる」とかなんとか言ってくれたら、日本に行きたいみんなが制限されることになるからすごく平等な感じがするし、「みんな困ってるんだ。しかたないんだ」ってなったと思う。
出張はOK、観光もOK、でも日本語学校の学生だけが日本に行けない。矛盾した状態が続いた。
腹が立ったから当時の首相、小泉さんにメールした。くどくどと現状を訴えた。

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政府の新しい試みとして初めてオフィシャルホームページを開設した頃だった。
「みなさまの声をお寄せください」のページから「対策を打つための指針を示せ」とダメ出しした。
返信は期待してなかったけれど、果たして返信はなかった。
ちゃんと、匿名じゃなく実名で、連絡先も勤務先も明記したんだけどな。

日本語は質問するときは特に語尾をぼかす。曖昧をよしとする言語だ。言語の土台には文化がある。曖昧をよしとする文化ということだ。
中国語は文法は「你要不要...?」と要るか要らないかをはっきりさせる。容赦がない。英語もほぼ同じだ。
このときは、日本人の曖昧さを痛感した。


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不饒人
ㄅㄨˋㄖㄠˊㄖㄣˊ


容赦がない。




2016年11月19日土曜日

SARSのとき01〜始まりは大混乱

SARSが台湾で流行ったのは2003年のこと。WHOに正式加盟していなかった台湾は、大陸の情報封鎖のとばっちりをモロに食った。全く情報のない状態で、なんだかわけのわからない感染症の発生に市井の人々は恐怖におののいた。感染源もわからないし、特効薬もない。医療関係者が次々と病に倒れた。



それでも、学校に仕事に行かないわけにいかない。私も通常通り、語学学校へ通ったし、アルバイトにも行った。
その当時は 八百屋の手伝い もしていた。市場は、屋外とはいえ不特定多数の人と接触する場所だから、感染する可能性は低くない。一緒に仕事をする彼氏の母親が「移ったら移ったときよ」と言った。「自分ももう歳だし」と。「いやいやいやそういう問題じゃないから」と彼氏と自分とで慌てて考え直させた。家族に一人でも感染者が出たら、その区域全部が封鎖されてしまうし、外出も禁止されてしまうからだ。

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封鎖されている区域のアパートを取材しているニュースを見た。中からおばさんが出てくる。何事もなく取材陣の前を通り過ぎて行きそうになったので、「おばさん!外出しちゃダメだって!」と制止される。おばさんは「ちょっとそこまでタバコ買いにいくだけだから」と歩いて行ってしまいそうになったので、「ちょっとの外出もダメなんだってば!」と慌てて止められていた。掴んで連れ戻したくても接触するわけにいかないので、みんな口々に「ダメだって!」「戻れって!」と叫ぶ。二次感染予防の措置だから、元気な人は元気なのだ。

「SARS」という名称が決まった頃だろうか。交流協会で日本人を対象に使い捨てマスクを配布するという情報が入った。パスポートを持参してもらいにいった。在留届を出している人が対象ということだったのだが、あとで提出すればいいからと届けの用紙と一緒にマスクを支給してもらえた。一人3枚までもらえた。
そのころ私はスクーターに乗っていて公共の交通機関を利用する機会が少なかったので、1枚は自分用に取っておいて残り2枚はMRT通勤している同僚にあげた。
乾いた咳が続くのがSARSの特徴の一つだった。MRT内で咳が出ると、周りの目が気になってすごく緊張すると同僚は言っていた。

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語学学校の入り口にも体温測定マシンが設置された。空港に設置されているような仰々しいものだ。テイクアウトのホットコーヒーを持ったまま通るとピーピーと機械が反応してしまう。生徒達は飲み物を持った手を一生懸命さげて、カメラに映ってしまわないようにして通過した。
台湾では、スクーターに乗るときに布製のマスクを使用するが、白い使い捨てマスクの使用者率が一気に増えた。まるで日本の冬のようになった。

正しい手の洗い方「濕搓沖捧擦」のポスターがあちこちの洗面所に貼られた。
「浩劫」という学校では習わない中国語も、同僚が「いまのこの状況はまさに浩劫ね」と言ったから覚えた。


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浩劫
ㄏㄠˋㄐㄧㄝˊ


大災難。カタストロフィ。



2016年11月18日金曜日

嫌味を言われて返す方法とかわす方法

台湾のバスは前払いと後払いとがある。少し長めの路線を走るバスは、路線の中間より前半は前払い、後半は後払い。始点から乗って終点で降りるときなどは、都合2回バス賃を支払う。
あるときのこと。バスに乗ったら、通路に荷物を置いている人がいた。結構大きめの荷物で、大股でまたごうにも、すでに走り始めたバスの中ではバランスを崩しそうで怖い。



運転席のすぐ後ろあたりにドデンと大きなバッグが床に置いてある。前払いの運賃を支払ってしばらくまごまごしたが、しかたない、跨いで奥へ進もうとして少し踏んづけてしまったようだ。
そばでつり革につかまって立っていた女性から「喂!小姐!」と嫌味な声で怒鳴られた。彼女が持ち主のようだ。
乗車席はほぼ埋まっていたが、立っている乗客はまばらな車内。何もわざわざここに、しかも通路を塞ぐように置かなくても。私だったから少し踏んづけた程度ですんだけど、ジジババだったら跨ぐこともままならない。
そのときは台湾にきてまだ二年目。どうにかしろと言い返すこともできず、気分が悪いままバスの奥へ。

バスを降りてアルバイト先へ。
まず同僚に愚痴った。日本語とちょっとの中国語と身振り手振りを交えて。

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すると、ちょっと負けん気の強い彼女はこう言った。
「そういうときはね、同じくらい嫌味な口調で「對不起!」って言えばよかったのよ」
説明は要らない。口では謝っても、態度や口調で気持ちを示せということだ。
次はそうしようと思った。

大荷物の持ち主は、未来の状況が想像できない(乗り口の狭いところに荷物を置いたら次に乗ってきた人が通れない)タイプの人だったのだろう。
私はそのとき「私はまたぎきれなくて少し踏んでしまったけど、そもそもここに荷物を置くあなたが悪い」と考えた。
そのあとに乗ってくる人がいなかったので、他の乗客がどう対応するのかは見ていないのだが、台湾人だったらおそらく違う対応をしたのだろうと今なら思う。
「ここにあると、私、奥に進めないから少しどかして」ときっと素直に言うだろう。
言われた方も、「ああ、邪魔なのね」と少しどかすのだ。

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日本を訪れる外国人観光客に対して「常識がない」とか「日本の文化を知らなすぎる」ということで、特に観光地では摩擦が起こっているとニュースで見る。
知らないものはわからない。だから知ってる人が教えてあげればいいだけだ。「それやめてね」って。
「みんなの迷惑なのに、なんでわからないの?」とか「そんなことしちゃダメでしょ!」じゃなく、「それ、やったらダメなんだよ。知ってた?」。

台湾人はお節介で口やかましい。「あんた知らないだろうから教えてあげるわ」といろいろと指図する。
でも、そうすることが逆に親切だと彼らはわかっているのだ。


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挖苦
ㄨㄚ ㄎㄨˇ


皮肉、嫌味。

2016年11月14日月曜日

間違い電話の相手に「間違いだ」と言っても信じてくれない

一回だけ、本当にしつこい間違い電話がかかってきたことがあった。
「間違いだ」と言っても、なぜか信じてくれない。ラチがあかないと思って途中で電話を切った。とくに特別じゃない反応のはずだ。



「蔡○○小姐嗎?」と全く違う名前あてにかかってきたので、当然「間違いですよ」と対応。
どうしても信じられなかったようで、「え?本当に蔡さんじゃないの?本当に?」としつこい。
違うと言っているのだから違うのに。
信憑性のある申込書だか証書だかを見ながらかけてきたのかもしれない。
こちらはどこの会社がなんの用件でかけてきたのかにも興味ないから、「違う」「間違いだ」を繰り返すんだけど、全然諦める気配がない。ラチがあかないから向こうが話している途中で電話を切った。
だってしつこいんだもの。
そしたら、またすぐに着信が。

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電話に出てみたら、果たしてさっきの女性から。
「あんたねぇ!親からもらった大事な名前なのに、しらばっくれて別人のフリなんかして!」とかなんとかまくし立てている。
台湾の改名事情については こちら で詳しく話したが、改名が当たり前の台湾人に名前について叱責された。
いよいよラチがあかなくなってきたので、「違うわよ。だって私は日本人だから(だから蔡某のはずがないでしょ)」と言うと、「よくそんな嘘をつくわね。だったら日本語を話してみなさいよ」とさらに煽ってきた。
煽られるままに「私は日本人です。名前は(本名)です。中国語を学ぶために台湾にきました。」なんてことを日本語でスラスラスラっと言ったら一瞬の沈黙のあと電話を切られた。

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罵られるだけ罵られて勝手に切られて「あ゛ぁ゛!?」と不愉快になったが、向こうは名乗らなかったから誰宛にかけ直したらいいものやら。
ムカつきながら、どう言えば効率的にこちらの不満を伝えられるかをシミュレーションしていたのだけれど、
向こうはきっと台湾人だと思い込んで私と中国語で会話していたはずだし、
本当に日本人だったから唖然としただろうし、相当ぎょっとしただろうし、
頭の中の情報処理が追いつかなくて慌てて切ったのだろうし。
もしかしたら「中国語が上手すぎるあの日本人が悪いのよ!」とかなんとか同僚に言い訳してるかもしれない。
そう思ったら、もういいっか。って。楽天家でよかった。


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你有完沒完?
ㄋㄧˇㄧㄡˇㄨㄢˊㄇㄟˊㄨㄢˊ


「しつこいよ」



2016年11月10日木曜日

間違い電話と台湾語とオレオレ詐欺

携帯に着信があり、出ると全然知らない人の名前で呼びかけられる。間違い電話だ。
呼びかけられるだけならまだしも、「あ、おばちゃん〜?」と全然知らない幼女から話しかけられたときは、「間違い電話よ」と言うのに少し心が痛んだ。
お母さんとかお婆ちゃんとかに「自分でかけてごらん」と番号を読み上げてもらってかけたんだろうな。せっかくかけたのに、変な外人の女がでて「間違いよっ!」て言われちゃって凹んでないかな、とか想像したから。考えすぎなんだけど。



台湾でもオレオレ詐欺はある。
日本の流行り始めを知らないんだけれど、たぶん日本の手法を模倣したんだと思う。
台湾の場合は、相手がかならず台湾語なのが特徴かな。
台湾の公用語は中国語(普通語/北京語)だ。
台湾独自の方言を「台語」と言う。いわゆる台湾語だ。閩南語とも言う。
それに対する公用語の呼び方は「國語」。

仕事の場では一般的に國語を使う。親しい取引先や同業者には台語でやりとりしたりする。
以前友人に「なぜわざわざ台語で話すの?」と聞いたら、「その方が距離が近く感じてもらえるから」と言っていた。
同じ台湾人同士、という結束感を演出できるということなのだろう。
台湾には內省人と外省人とがいる。日常会話で台語を使用するのが內省人、主に國語を話すのが外省人。
內省人と外省人の話は、また別の機会に改めて。

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携帯に出ると台語でいきなり話し出される。
私は簡単な台語しかわからないので、電話の相手が何を言っているのか全く理解できない。私の素性を知っている人からの電話なら台語を話し続けることはありえないので、相手の目的が「私」と話すことじゃないことだけは確かだ。それが偶然なら間違い電話だし、故意なら詐欺電話。
「かけ間違いですよ」と國語でいうと、大抵は「すまん!すまん!」と言って切れる。構わず話し続ける人もいるんだけど、それが詐欺電話だと思う。もしくは相当な天然さんか。台語だから真相はわからないんだけれど。

台語での間違い(または詐欺)電話はだいたいはおっさんの声だけど、子どもの声で台語で切々と何かを訴える電話がかかってきたことがあった。
半べその声で切々を事情を話しているのだ。どこかを怪我したか、迷子になったか、金を落としたかしたことを切々と。台湾語だから全然わかんないんだけど。
例によって「間違ってるよ」と言う。普通なら「え?○○おばあちゃんじゃないの?」とかなんとか確認するセリフを言われてもいい場面なんだけど、前触れもなくプッと切られる。これは確信を持って100%詐欺だね。

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田舎に住んでるばあさんとかをターゲットにしてるんだろうな。台湾人は親切でお節介だから。
「子どもの声で」というところが、違う意味で切なくなる。児童を犯罪に加担させているのだろうか。幼女の声を出せる大人がやったのだと思いたいけれど。

台湾と日本の違うところは、親子関係が近いところ。「さっきこんな電話かかってきたけど、あんたがかけたの?」と本人に確認の電話を入れる確率が日本よりもずっと高い。
大した用でもないのにじゃんじゃんかけてくるお母さん
v.s.
「うざい」と言いながら、でも毎回ちゃんと居留守しないで出る息子

が台湾には溢れてる。
成功率はきっと日本よりも低かったんじゃないかな。

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你打錯了
ㄋㄧˇㄉㄚˇㄘㄨㄛˋㄌㄜ˙


「かけ間違いですよ」


2016年11月8日火曜日

台湾の改名事情と実際に改名してみたら

台湾では改名が認められている。確か2回まで変更可能だったと思う。
改名しても、もし気に入らなかったら、元の名前に戻せるようにってことで2回なのかな。
元の戸籍も変えてしまうので、身分証明書からパスポートから健康保険証から、全ての変更が必要になる。



私の友人の中で、改名経験者は少なくとも4名。
改名の理由は主に開運。仕事運をあげるだとか結婚運をあげるために改名する。
生年月日から字画を割り出す。
友人の1人は、「未年だから」ということで、下の名前に草冠の漢字をあててもらっていた。
「食料となる草が豊富で常に満足」ということらしい。
美人さんなのだが異性運がいまいちだったことを気にして改名したようだ。

改名しても、それが周知されなければ意味がない。
書類上だけ変えてあっても、これまで通りの呼び方をされていたら意味がないのだ。
言霊みたいな感じで、声に出して呼んでもらって初めて開運の効力を発揮する。
だから、改名してすぐすることは、「今日から○○って呼んでね」と周りに知らせること。

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実は私自身も改名経験者だ。
結婚して台湾で入籍するときに中華風の名前をつけた。
2003年の結婚当時、外国籍の配偶者は、必ず3文字の名前で登記しなければならなくなっていた。
姓1文字+名2文字の3文字。それ以前は、日本人は、漢字の名前をそのまま登記に使用できていたようだ。
「旦那の苗字+元々の名前」の日本スタイルでもよかったのだけれど、どうせだからと、有料の命名診断を受けて最強の運勢の中華風の名前を出してもらった。

日本と台湾とで全く違う名前になっても日常生活では特に不便はなかった。永久居留証にはローマ字で日本語の名前が入っていたし、パスポートNO.も入っていたから。でも、日本の役所に子ども等の出生届を出すときにはちょっと困った。
病院で出してもらった出生証明書には台湾の名前しか書かれていないし、日本の役所にはローマ字での登記がされていない。永久居留証を補完しても「私」が出産したという証明にならないのだ。
台湾の役所に相談しにいったら、「改名証明書」なるものを出してくれた。証明書と言っても、私の中華名と日本名とパスポート番号に、「同一人物であると認めます」的なことを手書きで書いたものに役所のハンコを押してもらっただけなのだけれど。
それでも、この証明書のおかげで事なきを得ることができた。

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これは私の推測なのだけれど、3文字縛りになったのは、東南アジア系のお嫁さんが増えたからではないかと思う。
例えば、アーノルド・シュワルツネッガーを漢字の当て字にすると「阿諾·史瓦辛格」などと表記する。
通常3文字の戸籍の名前欄に、こんな名前が入力される。人によってはもっと長くなるだろう。
役所の担当窓口は普通のおばちゃんの場合が多いので、例外が多いというのはやっぱり負担が大きいのかな、と想像してみたり。

日本でも昨今はDQNネームだとかキラキラネームだとかがいろいろ話題になってるので...
そろそろ法改正も必要なのかな...

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呸呸呸
ㄆㄟ ㄆㄟ ㄆㄟ


縁起の悪いことや不吉なことを言われたときに返す言葉。


2016年11月7日月曜日

そういえば台湾で合コンに参加してた

台湾の合コンといえば。
一度だけ台湾で合コンに参加したことがある。
某日系商社勤務の台湾人男性たちとの合コン。これがなんとも...



たぶん人数も多すぎたんだと思う。
男女各10名ずつくらい。男性側は全員台湾人、女性側は全員日本人。
日本の合コンスタイルで、レストランの個室で食事をしながら。アルコールは無しだった気がする。
10人もいたら男性メンバーにどんな人がいるのか全然把握できないし、そもそも女性側も一緒に参加した友人1人を除いて知らない人ばかり。
合コンというより、婚活パーティみたいなノリなんだけれど、仕切る人がいなくて、自己紹介をやるわけでもなく、アルコールが入って開放的な気分になるわけないから、場が全然温まらない。

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男性側も、日本人女性とお近づきになりたいと思って参加したのだろうけれど、日本人男性みたいにスマートに振る舞えない(と思い込んでいるだけで、日本人だってそんなにスマートなわけじゃない。ドラマの見過ぎ)からと、とにかく盛り上がらなかったという記憶しかない。

台湾で酒を飲むといったら 乾杯 だ。文字通り盃を干すように飲む。日本人のように、自分の好きな酒を自分のタイミングで飲むのではなく、同席の誰かとタイミングを合わせて飲むのが常識。
酒量がそれほどでもない人は、ペースについていけないから、いっそ飲まないという選択になるのかな。
飲む人は、飲めば飲むほど競い合うようになるから、男性同士で男気を競いながら飲んでいるみたい。
そうすると、初対面の女性と、場の雰囲気を気にしながら酒を楽しく飲む、ということを学ぶ場がそもそもないのだろうと思う。

そもそも、台湾人は性に対して保守的だ。
結婚するまで貞操を守る、ということを、男性も女性も当たり前として受け入れている。
日本だって、一昔前はそうだったのに。いまは「肉食系女子」などと言われるようになったけれど、何がきっかけだったんだろう考えたりもする。

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だがしかし、台湾の離婚率は結構高い。
年間で約5万人前後の人が離婚している。統計によると、2.3人に1人が離婚している計算だ。
貞操観念が強いので、お付き合い=ゴールインという図式が強いようだ。
この人!と思って結婚したけど、一緒に暮らしているうちに違うと思うことも多いのかもしれない。
ちなみに、私はその5万分の1だ。

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暖場
ㄋㄨㄢˇㄔㄤˇ


前奏、前座とかウォームアップ。



2016年11月5日土曜日

ノンアルコールな台湾人

東京で一人暮らしをしていた元OLの私にとって台北は遊びにくい街だった。
まず、安く気軽に飲める店が少ない。居酒屋は日本人駐在員向けだからそれなりの価格帯だし。
台湾人は、いわゆる「飲みニケーション」という習慣がないのだ。



台湾で友人ができ始めた頃、夜の貓空に連れて行ってもらった。眺めの良いレストランでお茶を楽しむ。最初から最後までずっとお茶。お茶とおつまみとおしゃべり。
隣のテーブルでは、20代前半と思われる男女のグループがお茶を飲みながらトランプゲームに興じている。お茶屋さんでトランプゲームというのは定番らしい。壁には「禁止心臟病」の張り紙があった。「心臟病」って、日本でいうところの ブタのしっぽ に似たゲームのことで、つい大声で盛り上がってしまって、周りの客の迷惑になるので禁止しているのだろう。
「心臓病ってそもそも禁止できるの?」と思ったことをよく覚えている。

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ちなみに台湾の合コンは、日本とは全く異なる。
私が聞いた話では、開催は平日夜ではなく休日の昼間。同年代の男女が集まって、まず最初にすることは、女子にスクーターの鍵を選ばせること。スクーターの鍵と男子が紐づいていて、鍵を選ばせることで男女のマッチングが行われるという具合だ。その日1日、その組み合わせでスクーターに二人乗りして移動する。

医食同源が当たり前の台湾では、酒を飲まない人が多い。酒も飲むしタバコも吸う私は「やっぱり日本の女性って開放的ね」的な目で見られることが多かった。ちょうど日本人が欧米人をみて「開放的な人種」と感じるように。とってもステレオタイプな見方なんだけれども。

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台湾で一番の行楽はやっぱり外歩きだ。自然の中をあちこち歩くのが一番楽しい。
郊外へいかなくても、中正記念公園(いまは自由広場の名前が定着しているのかな?)も意外と楽しめる。敷地が広いので、都会のど真ん中にいるのに、公園内に入ると街の喧騒がすっぽり聞こえなくなる場所だ。
植物園や青年公園でぶらぶら歩くのもいい。野生のリスがあちこちに出没する。野生なんだけど、人間がつい餌をやってしまうからそこそこ肥えている。

貓空と言えば、ロープウェイが通って随分便利になった。夜の貓空で夜景を楽しみながらのお茶もいいが、私のオススメは夕暮れの時間帯に下りのロープウェイに乗ること。
貓空ロープウェイは、途中けっこうなアップダウンがあって山の景色を見るのも楽しい。終点の木柵駅に到着する直前にも一山超える。静かで薄暗い中、ゴンドラが下り始めたと同時に、前方に台北を見渡す夜景が広がる瞬間が圧巻。
ときどき定期検査で長期間運休になるので、事前にチェックしておいた方が無難です。

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聯誼
ㄌㄧㄢˊㄧˊ


合コン