2017年8月9日水曜日

スコールは自然の打ち水

熱帯夜で毎晩暑い。
個人的な感覚だけど、台北より東京の方が暑い。
東京はエアコンの排気で蒸しているのだというけれど、確かにそうかもしれない。台湾は山も海も近いから、どこに行っても自然の風がある。



それと打ち水。
台湾では天然の打ち水がほぼ毎日降る。
午後2時くらい。夕立よりも少し早い時間に、ザバーッとバケツをひっくり返したようなスコールが降るのだ。
スコールなので30分もすると止んでしまう。

2000年7月に来台してすぐ、スコールの洗礼を受けた。
語学学校に向かうためにバスに乗っていたら、スコールが降り始めたのだ。
部屋を出るときはドピーカンだったのに、ほんの7〜8分ほどで黒雲が。まさに青天の霹靂。
台湾の大通りの歩道には 騎樓 と呼ばれる庇がつけられているから、バスを降りてひとまずそこに駆け込んだけれど、学校が入ってるビルはもう目の前なのに、騎樓が3mほど途切れていて、身動きがとれなくなってしまった。
ずぶ濡れ覚悟で3mを駆け抜けるか。それともここで30分やり過ごすか。
せっかく授業に間に合うように家を出てきたのに!

コンビニで傘を買えばいいんだけど、授業が終わる頃にはきっと止んでいる。
たかだか3m。ここさえ渡りきれば、今日はきっともう出番がない傘。荷物になるし、無駄遣いだし。
同じ方向へ行く人に話しかけて、傘に入れてもらっちゃおう。でも、なかなか声をかける勇気がでない。
聞くはいっときの恥、聞かぬは一生の恥!
勇気を出せばなんでもできる!
えいやっ!と1000%の勇気を出して、大きめの傘を持つ男性に「そこまでいきたいんです!」と、中国語で言ったんだか英語で言ったんだか覚えてないくらいテンパりながら、無理やり相合傘に入れてもらって、無事学校のビルの前に。
とにかく雨の勢いが激しくって、「きゃー!」とか言いながら若干密着しつつ、3mのスコールを渡りきった。
そのときの彼とは、それがきっかけで、その後連絡を取り合うようになり...

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...なんていう後日談はありませんが笑
その日以来、夏場は必ず折りたたみ傘を持参。
スコールが降る時間帯は、なるべく室内に居られるようにスケジュール調整をするように。

このスコールが汚れた空気を洗い流してくれるから、スコールが止んだ後は清々しい。
台北101とか貓空などの夜景スポットに行くときは、夏のこの時期、スコール後の時間帯を狙うといいかも。
貓空は、夕日が落ちるちょっと前に下りのロープウェイに乗るのがおすすめ。夕日と夜景と両方楽しめるから。
動物園站直前のビューが圧巻。

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騎樓
ㄑㄧˊㄌㄡˊ


アーケード。

2017年8月1日火曜日

台湾の葬式と親戚付き合い

親戚付き合いはとかく面倒臭いもの。
日本に帰国して違いを実感した一つに親戚付き合いがある。
日本の親戚付き合いは、台湾のそれと比べて非常に淡白に感じる。



携帯電話の普及で、いつでもどこでも連絡がとれるようになった。
台湾の年長者たちは、携帯もスマホも使いこなす。
LINEで孫とテレビ電話なんてお手の物だ。実益が手間を凌駕する。
基本的に新しもの好きの方が多いとも言えるかもしれない。

台湾で結婚してすぐのころ元舅が他界した。
私たち夫婦は結婚式をあげなかったので、台湾人家族の一員になって初の親戚総動員となった。
台湾の親戚付き合いで一番の難関はその呼び名だ。
日本で「おじさん」「おばさん」で済ませられるところを、中華圏では父方、母方、年上、年下かで呼び名が変わる。
ざっと羅列すると、

父の兄:伯父、伯伯
父の弟:叔父、叔叔
父の姉:姑媽
父の妹:姑姑
伯父の妻:伯母
叔父の妻:叔母、嬸嬸
姑の夫:姑父、姑丈

母の兄弟:舅父、舅舅
母の姉妹:姨媽、阿姨、姨母
舅の妻:舅母、舅媽
姨の夫:姨父、姨丈


「1番目の兄」とか「2番目の弟」とかは、その前に数字を加えて呼ぶ。
本省人の場合はこれが台湾語読みになるからさらにややこしい。

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台湾の葬式はすぐには行われない。
同居家族全員の生年月日を占った上で良き日を選ぶ。
元舅のときは1ヶ月以上先の日取りになった。
葬式までの期間、親戚が入れ替わり立ち替わりお悔やみを述べに家を訪れる。
父母の兄・姉を迎え入れる際は、家の門の前まで出向いて、ひざまづいて「わざわざご足労いただきありがとうございます」と礼を尽くしてお出迎えする。

葬式がすぐ行われないということは、荼毘に付す日にちも相当期間延期になるということだ。
線香の煙というのは懐かしい気持ちになるものだけれど、実は死臭を隠すためという目的もあるんだとか。
元舅の葬式でも線香を焚きまくった。

当時の私は、当地のしきたりなどには疎い外国人妻だったが、愛想良くしていたので「日本人はやっぱり礼儀正しい」と言ってもらえた。
面倒とは言え、礼を尽くすと可愛がってもらえる。
日本では「遠くの親戚より、近くの他人」というけれど、なにはともあれ血はやっぱり水より濃い。

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喪禮
ㄙㄤˋㄌㄧˇ


葬儀

2017年7月23日日曜日

洗顔。日本人の洗い方、台湾人の洗い方。

動物園のオランウータンが、人間のように顔を洗うという。
https://www.youtube.com/watch?v=OMFRZn6HpyA
手ぬぐいを濡らすと上手に絞って、それで顔を拭うのだ。
「飼育員がやっているのを見て真似をするように」というアナウンスで合点がいった。それは日本人のやり方だったからだ。



日本人は顔を洗うときに、手で水を掬って顔にあて、手を上下するようにして洗う方法が一般的だろうと思う。
台湾人は、まずタオルをおもむろに濡らして顔にあて、手の位置をそのままに、頭の方を動かす。
台湾人の元夫も義弟もその彼女も、朝、洗面所で顔を洗うときはその方法だった。
台湾のドラマでも映画でもそのように洗っている。
周りの大人がやる様子を見て、子どもはそれを真似をする。
くだんのオランウータンも、周りにいる大人(人間)がそうやるのを見て覚えたのだろう。

以前、台湾で勤めていた会社の社長から聞いた話。

戦時中、国際スパイが暗躍していた。
日本軍が中国スパイと思しき人間をとらえた。
なんとか口を割らせようとするが、よく訓練されていて流暢な日本語を話すため、
いっこうに埒があかない。
ある朝、スパイと断定した。
顔を洗うときに、頭の方を巡らせて顔を洗ったからだ。


ネットで調べて見たら、似たような話がヒットした。
中国スパイだったり日本スパイだったり。朝鮮スパイの話もあった。

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当たり前だと思っていることほど、違いを発見したときのカルチャーショックが大きい。
カルチャーショックを当たり前に感じつづけていれば、他者との違いを受け入れやすくなる。
日本人同士でも、そういうことあるしね。
「若いうちに海外へ行け」と言われるのは、そういうことなんだろうと思う。


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間諜
ㄐㄧㄢˋㄉㄧㄝˊ


スパイ

2017年7月13日木曜日

火蟻は外来種。台湾でも日本でも。

火蟻の日本侵入の報道がされるようになった。
台湾にも火蟻はいる。
でも、それもここ15年ほどのことのよう。
記録では、2003年に発見されて、そのまま定着をしてしてしまったということになっている。



桃園などの地域での生息が確認されたから、咬まれないように、特に子どもには注意を払えという注意喚起の報道を見た。
私は、2004年に台湾で長男を出産したのだけれど、その頃から公園やレジャー関係のニュースに気をつけるようになったから、「台湾には危ない虫がいるな。気をつけなきゃな」という認識だったのだけれど...

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記録によると、台湾では2003年の9月〜10月頃から、桃園と嘉義で火蟻の被害が発見されたとなっている。
この記事のために調べるまでずっと、もともと台湾にいる危険生物かと思ってた。
火蟻は、いまからたった14年ほど前に台湾に侵入してきた外来種だった。

おそらくだけど、当初は原因不明の奇病として扱われたり、はたまた扱われなかったりしていたんじゃないかな、と。
特定の場所、特定の症状ということで調査が始まって、約1年でやっと事例調査が完了して警鐘を鳴らすに至ったのではないかと。

これまでにない病症・病例にであったときの混乱は、SARSの真っ最中の台湾で生活していたので、実感はできないけど想像はできる。
医療の現場で、現在進行形で未知の病気に対峙する医療関係者の皆様には本当に頭がさがります。感恩。

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危険だと言われて注意するようにしていたけれど、当時住んでいた台北県(現新北市)の公園でもハイキングでも全く見かけることはなく。
一市民的には
「特定の地域にいる、注意すべき毒性を持つ昆虫」
「我々都市部の人間には接触の機会はあまりないけど」
という感じにとどまっています。

火蟻に噛まれると火傷のように水ぶくれができるそう。まれに、アナフィラキシーの症状で重篤になる場合もあるけれど、通常は一般的な火傷と同じ経過を経て自然治癒するそうです。

在来種の蟻は、テリトリー争いに対抗できる唯一の昆虫だという説もあり。
お庭がある住居にお住いの方は特に、むやみやたらと駆除せず、いまいる昆虫(益虫と呼ばれるもの)や爬虫類と共存できる環境を保持していただきたいなぁ、と希望する次第です...


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螞蟻
ㄇㄚˇㄧˇ

あり

2017年7月7日金曜日

物乞いをする人びと

夜市でも朝市でも、人が多いところは日本ではほとんど見なくなった物乞いがいる。
ある日の基隆の觀光夜市。身体障害者の男性が物乞いをしていた。
年齢は30歳前くらい。足が不自由なようで、自作と思われるキャスター付きの小さな台車に乗っている。滑舌もはっきりしないようだ。
何を言っているのか聞き取れないのだけれど、置かれた小鉢がすべてを物語っている。



麻痺も少しあるのだろう。言っていることがはっきり聞き取れないが、何かをしきりに話している。
すると、急に黙ったかと思うと、袋からペットボトルを取り出した。キャップを開ける。とても集中しているようで、口からは舌が出ている。
無事に開け終えると、次はズボンのジッパーを下ろしてそれを引っ張り出して、おもむろに小用を足し始めた。
人々が行き交う中、すぐそばの小吃のお店に並んでいて手持ち無沙汰だった私。ふと目をあげると、往来を挟んだちょうど真向かいで親に手を繋がれて何かを待っていた少女も同じようにその一部始終を見ていた。
っていうか、ずっと何かをしゃべりっぱなしだったから、喉を潤す目的でペットボトルを出したんだろうと思ったのよ。
まさか、それにおしっこするなんて思わないじゃない。

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いまはもう取り壊されてしまったけれど、かつて台北駅前には歩道橋がかかっていた。
台鐵の台北駅と新光三越側を繋ぐ歩道橋だ。利用者の数は相当なものだったろうと思う。通勤時間帯なんかはすれ違うのも困難な混雑ぶりだった。
その歩道橋のど真ん中。ぽっかりと人波が割れる場所がある。
身体障害者の物乞いが真ん中に陣取っているからだ。
地面に腹ばいになって(足も手もほとんどない)、首をもたげて頭をずっと上下させている。お辞儀のつもりなのだろう。まともな職に就けず、慈悲にすがるしかないのかもしれない。

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先日、タラップを這って登らされたと抗議した車椅子の男性の記事が炎上していた。
記事を読ませていただいた。移動が不便だからと、飛行機の座席にいながらにして小を足すことも多々あったという。
これを読んで、上記のエピソードを思い出した。
「文句を言われなかったから、問題ないと判断した」という意味のことが書かれてあったが、文句を言われない=文句がないのとは違う。
夜市で私の真向かいにいた少女は、「ねぇ見て!あのおじさん、おちんちんとりだして、ペットボトルにおしっこしてるよ!」と両親に言っただろうか。
それとも、自尊心のなんたるかを理解して、誰にも何も言わずにいただろうか。

台湾では、身体障害者も普通に生活している。
「普通に」という言い方は少しおかしいかもしれないけれど、日本ではあまり接触のない身体障害者が、本当にごくごく身近にいて、健常者と同じように過ごしている。
身体障害者向けのスクーターもいたるところで見かける。
あまりに身近にいるので、最初の頃こそ少しカルチャーショックを受けていたが、いつの間にかそれが当たり前になった。そういう状態のほうこそ「普通」なのだろうと思う。


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身障者
ㄕㄣ ㄓㄤˋㄓㄜˇ


身体障害者。

2017年6月28日水曜日

台湾の映画はエンドロールを見ない。

台湾の映画館はデパート併設のところが多く、それなりに豪華だ。
昔ながらの映画館もあることはある。2本立てが基本のやつ。建物が古臭くて、ゴミが散乱していて汚いとか聞いていたので、敬遠して入ってみたことはないんだけど、物は試しで一度くらい入っておけばよかった。



台湾の映画館はとても立派で、話題作を見ようと週末や祝日は大変な混雑だ。
映画館では何度か映画を見たが、一番最初の映画は最悪だった。
タイトルも内容ももう忘れてしまったけど、当時話題の洋画だったと記憶している。確かコメディっぽいやつだった。

台湾で洋画を見るとなると、原音で中国語字幕がデフォルト。
英語は専門学校までいって学んだけれど、ネイティブのスピードについていけるほどでもなく、意味は中国語の字幕で追うしかなく、深い内容まではどうしても理解できないことが多い。
余談だが、台湾にいる頃にハリーポッター全シリーズの放映がされたけれど、やっぱり60%程度しか理解できないので、日本に帰ってきて全シリーズを小説で読んでみてやっと意味がわかった箇所も多い。


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アパートの近所で水煎包を売っていたおじさんと仲良くなって、語学学校帰りにたまに立ち寄っておしゃべりをしていた。ちょうどそこへやってきたおじさんの顔見知りのまた別のおじさんが「映画に連れてってやる」と言い出した。
ちょうど近所のデパートに映画館が新設されたばかりで、そこに行こうと言う。
話題のアレ、見たかったんだ。奢ってあげるから行こう!と言われ、ご一緒した。

映画が始まってしばらくすると、そのおじさんの携帯に着信が。
すると、なんと着席したまま話し始めた。マナーモードにしてなかったのもアレだけど、席についたまま話し始めるとは。話す内容も、友人からの「今どこ?何してんの?」系のさして大事でもないようなもの。
当然、周りの席から「シーっ!」の声があがる。
「外で話した方がいいですよ」などと注意できたらよかったのだけれど、その頃はあいにくそこまでの語学力もなく。
他人のふりをしたのは言うまでもないし、そのことが気になって映画でどころじゃなかったし...

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その後も何度か映画を見る機会があったけれど、台湾の映画館ではエンドロールが始まったとたん、ほぼ全ての人が席を立つ。
そして、そのタイミングで室内灯もつきはじめる。暗い中で移動するよりもその方が安全ではあるけれど。でも!

「フィールド・オブ・ドリームズ(1989年)」を見てから、映画は最後の最後までが作品だと思って見るようにしていたから、軽くカルチャーショック。

最近は、映画はもっぱらiMacで見ているので、映画館へ足を運ぶこともなくなったけれど...
大きいスクリーンでど迫力のサウンドで、自分が思わず笑い声を出したときに周りからもくすくす声が聞こえたりするのも懐かしい。

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ㄒㄩ


「しーっ!」



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2017年6月19日月曜日

台湾のツバメ

ツバメの季節。
台北では、3月頃から巣作りをするツバメを見かけることができる。
ツバメが巣作りをしている頃には、もう半袖短パンで行動している頃だ。ちょうど日本の6月頃に相当するだろうか。
ツバメが低く飛ぶと雨が降るというけれど、台北でも、湿度が高い日などは低く低く飛んでいる。



湿度が高くて餌になる虫が低く飛ぶので、それを捕まえるために同じ高度で飛ぶらしい。
ツバメがすぃ〜っと空高く飛んでる様は気持ちいい。

近所の交差点に屋台が出ていてたまに食べにいっていた。
交差点のそれぞれの角に店が出ていて、壁広告のあかりもあって、そこだけにぎやかだ。
壁広告の明かりに誘われて虫がやってくる。そして、それを目当てにツバメが飛ぶ。

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台湾で一般的に見られるツバメは、渡り鳥として日本でも見られる種類のもの。
巣も泥や枝で作られていて、中華料理で高級食材として扱われるツバメの巣のツバメとは違う種類。

日本では軒下にツバメが巣を作ると縁起が良いと言われるけれど、台湾でもやっぱり似たようなことを言うようだ。
実際に軒下に巣があったらフン害とかの心配もあるのだろうけれど、そのままにしているところが多い。
靴屋の看板に巣ができていたのを見たこともある。その年は、さぞかし繁盛したろうと思う。


ちなみに台北にはスズメはほとんどいない。
カラスも見かけない。
友人によると「捕まえられて、焼かれて食べられちゃったんじゃない?」とのことだが、ゴミを漁るうるさいカラスがいないというのは、実は結構快適だ。

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燕窩
ㄧㄢˋㄨㄛ


ツバメの巣。



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2017年4月12日水曜日

日本の銀行口座のCashを台湾のATMで引き出す

台湾に行く前に、「郵貯ワールドキャッシュ」というキャッシュカードを申請した。
citibankとゆうちょが提携してできたキャッシュカードで、海外現地のATMから日本のゆうちょ口座にある現金を引き出せるという、2000年当時はとても画期的なものだった。


日本を出発する前に、現金で30万円くらい持っていっただろうか。
当座の滞在費と、アパート契約時の契約金くらいは現金が必要だろう、ということで準備していたけれど、そのあとは、必要に応じて、都度引き出せるようにしようと思っていた。
引き出しには手数料がかかるので、実際に利用したのは当座の3ヶ月間くらいだったと思う。「いつでもお金を引き出せる」という安心のためのカードだった。

台電大樓そばの語学学校への入学手続きが済んですぐ、学校から一番近い第一銀行で口座を作った。
パスポートと印鑑だけですぐ作ってくれた。いまよりも全然簡単に銀行口座が作れた。
銀行口座開設が、世界的に手間がかかるようになったのは9.21以降のことだ。マネーロンダリングやテロリストへの国際資金提供などを未然に防ぐようになったためだろう。
つたない中国語で一生懸命話したこと、カウンターのお兄さんが一生懸命聞いてくれたこと、日本から持っていった丸い印鑑を使用したことなど、全部が懐かしい。

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「国の名前がついているから、一番安心でしょ」と、クラスメイトの日本人は台灣銀行で口座を作っていた。
台北のような都心ならどこの銀行でも大差ないが、地方に行ったときに一番頼りになるのはなんと言っても 郵政銀行 だろう。
日本でも同じ状況かな?
とはいえ、キャッシュカードにもICチップが使われるようになって、手数料さえ気にしなければ、どこの銀行ATMでも引き出しが可能になったから、いまではそれほどの差は感じないかもしれない。

ちなみに、台湾の銀行ATMには時間外手数料はない。
他銀行カードでの引き出しでは15元の手数料がかかるが、たとえば郵政銀行のATMで郵政銀行口座のキャッシュカードで引き出す分には、いっさい手数料がかからないのだ。実にわかりやすい。
利便性を考えてか、ATMが路面に面している店舗も多々あるので、保安上の安全感は薄い。自己防衛意識が必要だけれど。


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金融卡
ㄐㄧㄣ ㄖㄨㄥˊㄎㄚˇ


キャッシュカード。


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2017年1月21日土曜日

台湾で部屋探し〜2年目は居候02

台湾生活2年目のいち外国人にとって台湾語は難解だ。文字がないから「テキストを元に自習」という方法がとれない。
部屋探しで居候する先に外省人家庭を選んだのにはそうした理由もあった。家族全員の共通語が中国語なので、同居人である自分も、少なくとも傍で話を聞くことはできると考えたからだ。



台湾語、本省人、外省人についての説明はここでは割愛する。
こちらを参照いただきたい。
ウィキペディア:台湾語
ウィキペディア:本省人
ウィキペディア:外省人

便宜上、台湾語にも文字が使われているが、基本的にすべて当て字だ。音が似ているという理由でアルファベットや注音符號が当てられる場合もある。たとえば「A菜」と呼ばれる野菜は、台湾語の「えーつぁい」にアルファベットと中国語を当てたものだ。
台湾語のテキストは、実はあるにはある。だがやはり難解。マンツーマンで発音と使用方法を学べる機会があればそれが一番てっとり早い。まさに子が親から学ぶ方法が最適だ。

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その頃、本省人の友人も何人かいたが、会話がどうしてもごちゃ混ぜになってしまう。本省人同士では台湾語で話すことが多いので、その間、台湾語がわからない私たち日本人は蚊帳の外だ。
共通語が中国語ならそうした問題は起こりにくい。
この考えは合ってはいたのだけれど、結論からいうと、私自身がこの生活に馴染めずに1年で引っ越した。

外省人は、本省人ほど日本人に好意的ではない。
台湾にいると、日本人だというだけでどこに行ってもちやほやされることが多いし、中国語が話せる・勉強中だというとより好意的になる。が、相手が外省人の場合は「あんた日本人?だから?」という、特別感があまりない感じがする。打ち解けるのに時間がかかるというか。いつまでも壁があるというか。

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ある時、リビングにある唯一のテレビで日本のテレビドラマを見ていたら、外省人パパさんに嫌味を言われた。
「日本のドラマを見る時間があるなら、中国語を勉強したら」
ちょうど木村拓哉主演のHEROの第1作が日本から半年遅れくらいで放送を開始していた。
海外で生活していると無性に日本語が恋しくなる。私の場合は、意識して日本人との交流を極力最小限にしていたので、1日ずっと中国語での会話のみということもままあった。
彼の意見は間違ってはいないのだけれど。
私にとってオアシスのような1時間だったのだが、それ以降、居間でテレビを見ることもままならない雰囲気となってしまって、息がつまるような毎日を過ごすことになってしまった。

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日劇
ㄖˋㄐㄩˋ


日本のテレビドラマ



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2017年1月18日水曜日

台湾で部屋探し〜2年目は居候01

2年目の部屋探しは、低予算目で狙うことにした。
台湾に来てすぐのときは、友人の紹介で日本人窓口のいる不動産屋さんに仲介してもらったが、台湾での部屋探しは大家と直接交渉が基本だ。



台湾の不動産屋は主に売買物件を扱っている。賃貸物件は町の掲示板に掲載されている。A4用紙におよその場所と部屋割り、家賃、大家さんの名前と携帯番号などが書かれている。間取り図などはない。ほぼ文字情報のみ。現地で現物を確認しろ、ということなのだ。
掲示板は、公園にあったり、寄合所的なところにあったり。大学の近くの夜市にある掲示板には、学生向けの割安物件が多く貼ってあったりする。

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2000年当時は、学生向けの格安物件ばかりを集めたデータベースを管理してるところがあった。管理しているお店に出向いて、データベースに地区や予算を入力してデータを抽出、プリントアウトすることができた。1回100元程度で利用できたと思う。非営利団体だったのかな。それとも広告料かなにかをとっていたのかもしれない。蝸牛なんちゃらいう名前だったのだが忘れてしまった。
主に台北の大学へ通う学生や、20代の若い子を対象にしていたように思う。
それもやはりおよその住所と間取り、大家の名前と携帯番号が書かれていた。

家を探す側は、掲載されている携帯電話番号に直接電話して訪問日時を決める。部屋を物色して、気に入ればその場で賃貸契約しちゃったりする。
台湾2年目の私はそれほどの語学力がなかったから、アルバイト先の同僚に付き合ってもらって部屋探しをした。物件も一緒に見てもらった。

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予算は5000元前後。
当時のアルバイト代が30,000元@月、学費が5,000元@月(3ヶ月毎に納付)。
家賃を収入の1/3にしたかったから、1万元以下に抑えたかった。
安ければ安いほどいい。でも、安いところは極端に狭かったり、シェアする同居人が多すぎて共同スペースの利用方法でトラブルが多かったり。
20件近く見て回っただろうか。なかなか気にいるところが見つからなくて、最終的に決めたのは外省人家族が住む部屋の一室を間借りする物件。
場所は六張犁站から少し歩いたところ。
学校から近かったことと、現地人との会話を増やしたいと思ったから決めた。
外省人なら台湾語で会話することはないから、少なくとも学校で習った中国語が使える環境だろうと思ったからだ。

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出租房子的紅條子
ㄔㄨ ㄗㄨ ㄈㄤˊㄗ ㄉㄜ ㄏㄨㄥˊㄊㄧㄠˊㄗ


貸し出し部屋の広告。
(用紙の下部分に連絡先を書き、短冊状に切り込みを入れてある状態。興味がある人がもぎっていける仕様になっているもの。主に赤い用紙が使用されるためこう呼ばれるようだ)